日時 2023年11月4日(土)
会場 グランドプリンスホテル新高輪 国際館パミール1F 瑞光
国際医療福祉大学 医学部 脳神経内科学
教授(代表)
村井 弘之 先生
本日は多くの方にご来場いただきありがとうございます. 「神経・筋免疫関連有害事象と自己抗体」をテーマに, この領域の専門家である鈴木先生にご講演をいただきます.
演者の鈴木先生は, 重症筋無力症, 炎症性筋疾患, 免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象に精通されており, 自己抗体の研究や検査の樹立にも貢献されております.
慶應義塾大学 医学部 神経内科
准教授
鈴木 重明 先生
免疫チェックポイント阻害薬(immune checkpoint inhibitors:ICIs)による治療が広く行われるようになるにつれ,免疫関連有害事象として発症する神経系疾患の臨床的な特徴が明らかになってきました.
がんに対する免疫応答は, CD8陽性T細胞(細胞障害性T細胞)が中心的役割を担い, CD8陽性T細胞は抗原提示細胞に提示されたがん特異抗原を認識することで活性化し, 同様の抗原を有するがん細胞を攻撃します. 一方, 免疫反応を抑える側として制御性T細胞やT細胞の過剰な活性化を抑制する共抑制分子が存在し, これらの因子が免疫チェックポイント分子と呼ばれ免疫を抑制しています. しかし, がん細胞は正常な細胞から変化する過程で「免疫逃避」といわれる生物学的特性を獲得し, 免疫系から逃避して臨床的に顕在化していると考えられています1).
ICIsは免疫逃避に関わる免疫チェックポイント分子シグナルを阻害し, 抗腫瘍免疫応答を再活性化・持続させることで抗腫瘍効果を得る治療法で, 自己免疫疾患様の特有の免疫関連有害事象 (immune-related adverse events : irAE) が出現することがあります.
irAEが発症した場合の管理は, ガイドラインに準じた対応をとることが基本です2). しかし, 診断に難渋することも多く, 脳神経内科医との協力体制が必要とされています.
irAEは, 皮膚, 消化管, 肝臓, 肺, 内分泌器, 腎臓, 神経, 筋, 眼など, あらゆる臓器で発症することが報告されています. 神経・筋疾患では, 大脳・小脳, 脊髄, 末梢神経, 神経・筋接合部, 筋, 腱・関節などがあります. 神経・筋疾患のirAEの特徴を図1に示します.
他臓器のirAEと比較すると, ICIの開始時期に発症することが多く, また急速に症状が進行する傾向があります. 臨床上問題となる頻度は, 以前考えられていたよりも高率で, ICIを使用した患者の約3~5%と推定されております. 中枢神経と末梢神経を含む神経疾患, 神経・筋接合部を含む筋疾患など多彩で, これらの疾患が重複して認められることもあります3). 神経系のirAEは比較的早期に日常的に経験する神経系疾患とは異なる臨床像を呈する特徴があります.
発熱, 倦怠感, 食思不振, 筋痛, 嘔気, 頭痛, めまい, 味覚障害, 呼吸困難等の非特異的な症状に加えて, 意識障害, 運動障害, 感覚障害, 首下がり, 嚥下困難, 眼瞼下垂, 複視, けいれん, 傾眠, 失見当識, 不随意運動等多様です. 症状によっては本当に神経・筋なのか, 明確ではない場合もあります.
まず一般身体所見に加えて神経学的診察・所見を確認し鑑別診断を行います.神経系のirAEは除外診断が重要となります. 感染,代謝・内分泌疾患,ビタミン欠乏,がんの転移・浸潤,過去に行われたがん治療(化学療法や放射線療法)の副作用,傍腫瘍症候群を鑑別する必要があります.ICI使用中に発症する神経疾患は必ずしもirAEとは限らず,現状ではirAEを示す明確なバイオマーカーや特異的な自己抗体等もないので, 注意深く除外診断を行うことが重要です4).
本邦のpharmacovigilanceのデータベースであるJapanese adverse drug event report databaseにおける神経・筋irAEを母集団とした割合を図2に示します5). 筋炎・重症筋無力症といった骨格筋障害が47%, 中枢神経障害が30%です. 末梢神経障害は軽度な感覚障害(しびれ等)が報告に入っていない可能性もあるので, この割合より若干多いだろうと思います. レビュー報告等は神経内科医が筋電図などのデータをとって症状を確認したケースや, がん専門医が症状から診断したケースなど, 様々なケースが一緒に含まれる点には留意すべきと考えます. また, 障害が重複することもあるので, どこまで厳密に鑑別すべきか難しい場合もあります.
治療と予後について図3に示します. 一般的には, ステロイドの反応性が良好なので, 迅速にステロイドなどの免疫治療を開始することが推奨されています. 重篤な場合には長期間の入院が必要となることがあり, 生活の質(QOL)に及ぼす影響が大きくなります. 肺がん等の患者様では人工呼吸器からの離脱が困難になる可能性もあり, 呼吸器内科医・腫瘍内科医との協議も必要になります.
一方でirAEのある患者さんでは, 長期生存例もあり, がんに対するICIの効果も期待できることが示されています6). ステロイドの維持療法については, どれだけの量を, どのぐらいの期間で投与すべきかについては, まだ方針は定まっていません. 概して言えば早めに減らすことが多いと思いますが, irAEが再燃することもあるので患者様の経過を見ながら減らしています.
脳神経内科医に求められる役割としては, やはり重症例へのコンサルテーション等が必要になると思います. 図4に示すように脳神経内科で入院治療を行った症例を見ると, やはり筋疾患関連が多いことが分かります7). 海外と異なり日本のがんセンターでは脳神経内科医が不在のこともあるので, ICIの投与前にコンサルテーション体制を準備しておくことが望ましいと考えます.
irAEの病態に自己抗体がどのような機序で関与しているか, どの程度の割合で関与しているか, 本当に病原性を持って関与しているのか等の詳細は分かっていませんが, 何らかの関与があるという報告がされております8,9).
間接蛍光抗体法による抗核抗体検査は, 膠原病などの領域では自己抗体のスクリーニング検査として行われます(図5). 近年, 国内でもICAP(International Consensus on Antinuclear Antibody (ANA) Patterns)分類に基づき抗核抗体の報告様式が詳細になり, 核だけではなく細胞質についても染色パターンの報告もされるようになっています(図6)10). irAEでは, どのような自己抗体が出現するのか分からないため, ガイドラインでも抗核抗体検査が推奨されています.
自己免疫性脳炎は, 図7に示すように意識変容,記憶障害,発熱,けいれんなど多彩な症状を呈します11). 鑑別診断には,感染,代謝性,内分泌,脳転移, 傍腫瘍症候群等の原因の除外が必要です. 頭部MRIや髄液所見に異常がなく,「脳症」と診断せざるを得ない症例も存在します.自己抗体に関しては,Ma2 抗体が陽性となる報告が多いようです12). 他にも様々な自己抗体について報告されていますが(図8), ICI使用により潜在的に存在していた傍腫瘍症候群が顕在化する可能性もあり, irAEとして発症する自己免疫性脳炎と傍腫瘍症候群の鑑別は困難です. 細胞内抗原を標的とする自己抗体については, イムノブロット法での検出, 細胞膜表面抗原を標的とする自己抗体には立体構造の認識が必要なためCBA法での検出が一般的です(図9).
末梢神経疾患は感覚障害だけの軽度な症状から, 運動神経障害や脳神経障害を呈する重度な症例, また数日で急速に進行する症例から緩徐な症例まで多岐に亘ります(図10). 日常診療においてはギラン・バレー症候群 (GBS)と慢性炎症性脱髄性ニューロパチー(CIDP)を鑑別しますが, irAEとして発症した場合には臨床でのマネジメントを考慮すると多発神経根炎と一括することが適切と考えます. ガングリオシド抗体を測定した報告は多くないですが, まれに陽性となります. irAEで発症した多発神経根炎では髄液細胞数が増えるケースが多くあります13).
自律神経障害は, 便秘, 下痢, 偽性腸閉塞などの消化器症状や, 起立性低血圧, 排尿障害などを呈します14). 抗自律神経節アセチルコリン受容体(ganglionic acetylcholine receptor; gAChR)抗体が病原性自己抗体と知られていますが, 既報15)ではICIによる自律神経障害では自己抗体は陰性でした(図11). ICIによる自律神経障害は従来あまり指摘されてきませんでしたが, irAEとしても発症することに留意が必要です.
従来よりICIによる重症筋無力症(MG)には重症例が多いことは演者ら16)も報告してきました(図12). irAEとして発症するMGの頻度は軽症例を含めると, ICIを使用したがん患者の1%程度に発症すると推測されます. ICIによるMGは筋炎・心筋炎を合併する場合も多く, 重篤なirAEとして迅速な対応が必要です.
抗アセチルコリン受容体の抗体価は陰性または弱陽性であることが多い一方, 横紋筋に対する自己抗体(抗titin抗体, 抗Kv1.4抗体)が検出され, 病態との関連が示唆されています16).
その病態機序に関しては, ICIによりPD-1経路が阻害されて活性化されたCD8陽性T細胞は筋線維に対する炎症の原因となり, CD4陽性T細胞はB細胞と共に形質細胞から横紋筋抗体やアセチルコリン受容体(Acetylcholine receptor; AChR)抗体を産生し筋障害を引き起こすことが考えられます. 病態機序から考えると, irAEでは筋炎とMGは共通の病態を有するため, 筋炎とMGの両者の特徴を併せ持つ臨床像を呈すると考えられます(図13)17).
ICIによる神経・筋irAEと自己抗体について一覧表に示します(図14).
従来の疾患との鑑別や自己抗体の病原性については, 未だ解明されていないことが多いのですが,病態との関連が示唆される抗体も報告されております17). 今後もICIの治療は増えることが予想されるためirAEに対して迅速・適切な対応ができる体制を整える必要があります.
irAEとしての神経・筋疾患には通常とは異なる特徴があることを, 包括的かつ詳細に説明いただき大変勉強になりました. 本日は有意義かつ貴重なご講演をありがとうございました.
*紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので,全ての症例が同様な結果を示すわけではありません.
*本内容の一部に本邦未承認の情報を含みますが,その使用を推奨しているものではありません.
*本内容にはご経験や知見による,意見や感想が含まれます.